2006年3月 上間友子

‘6時 御茶の水 大きい改札前’
味もそっけも、色気も艶やかさもない真っ白白の超淡白メールへの苛立ちは、
‘東京の湿っぽい日射しを浴び、真っ黒に日焼けした顔を緩ませてわたしに向ける’
それだけで、すべてが吹っ飛ぶ。
どちらからともなく歩歩歩歩、ホホホホ歩。ぶらりぶらり ぶらりぶらり
ふわ〜と足を止める瞬間も
はっと走り出す瞬間も
いつもおなじ。
普段、何処で何をしているのかは知らない。お互い話そうともしない。
ただ存在することを確認しあうだけ。
‘あ〜、今日も生きていたんだね’

歩き疲れてちょっと喫茶。
これがつい最近知り合ったばかりの間柄であろうか。
長年寄り添って歩いてきたような空気。誰の邪魔も何の干渉もない時間。
ゆったりとした呼吸の共鳴は、安穏のあかし。
会話は、ない。
けれどそれでいい。それが自然。
‘……’

喫茶につかれたら、また歩こう。てくてくてく、と。
何を求めるわけでもなく、何かを訴えられるわけでもない。

気付かぬうちに、それでいて突然現れたこの存在。
ごくごく自然にわたしのなかに入り込み、居着いた。
この平坦な日常に、多少の戸惑いと緊張をもたらした。
それを知ってか知らずか、
日に焼けたその横顔は、うまれたばかりのこどものようにシンプルだ。
涼やかな笑顔に魅了され、憂いを含んだ表情に翻弄され、言葉の端に一喜一憂する。
ちいさく曖昧だった点は、今ではすっかり、大きくはっきりと感じとることができる。
このこころの動揺は、驚きなのか喜びなのか、はたまた不安であるのか。
どうやらそのすべてをひっくるめて、わたしは、感動しているようである。


え〜、
最近、右手のひらにほくろができたことを恋愛小説風に書いてみましたが、いかがでしょう?

2006.3.30 上間友子