2006年2月 新島大悟
A「ちょっと、あたし超能力かも、予知能力あるかも。」
B「ちょっと待ってあたしも、同じような事起きたことあるんだけどあたしも超能者?」
A「あたし達2人ともかなり熱いかも…やばい!?あたし地球が滅亡する夢見た事あるんだけど…。」
B「え!ヤバクナイ!世界が終わるって事?でもそれならあたし子鬼と戦ってる夢見た事あるどうしよう、あたし勝てないよ!」
A「あんた馬鹿ね、子鬼って超ファンタジーじゃんあるわけないよ!そんなことより地球が終わっちゃうよ〜どうする?」
B「どうするっていわれても〜、とりあえず何はともあれあたしお腹空いた〜。こんなんじゃあ地球も救えないし、子鬼にも勝てないよ〜。」
A「きょうなに食べる?」
B「えー、昨日は焼き秋刀魚に、シェフお勧めの山盛りブロ……・・〜」
いかがですか、この後みなさんが予想するように2人はつぎの日もその次の日も同じ会話をしてしまうはめになったのです。ただ一度あの言葉を使ってしまったために…・。
言いようによっては、彼女達の脳みそだったからともいえなくもないですが、しかしここには、明らかにあの言葉は存在し、それによって彼女達はこの無限のサイクルにはまってしまったといえるのではないでしょうか。
「デジャ・ビュ」それは、会話上ではあまりに振れ幅が広すぎる言葉、無の存在であり、無限の存在でもある。
そして言葉のもつ意味以上に、会話上でも、ある種の魔力を帯びる言語だともいえるのではないでしょうか。
だから僕は、このように面倒くさい言葉は大嫌いです。
〜終わり〜
★ 次回月論を書く機会には、「????ちょっとまって!地震!地震!…。」という小学生女子の発言に対して一言かいてみたいと思います。ではさようなら。
2006.2.28 新島 大悟