2006年2月 新島大悟


みなさんいかがお過ごしですか?今月は新島大悟が月論を書かせていただきます。早速ですが、月論始めたいと思います。
「デジャ・ヴュ」…既視感という意味のフランス語。実際には一度も見たことがない事象を、以前にどこかで確かに見たような気がすること。
夢の中で見た事象の反映であるとか、体外遊離体験や再生と関係があるとする研究家もいるが心理学の立場では記憶錯誤の一種だと考えられている。
しかし単なる記憶錯誤だけでは到底説明不可能な事例も相当あることも事実であり、意見の分かれるところである。 上の文章は、ある文献にのっていたものです。このデジャ・ヴュという言葉は私生活でもよく使われる言葉であると思います。例えば、

A「今日なに食べる?」
B「えー、昨日は焼き秋刀魚に、シェフお勧めの山盛りブロッコリーごはんだったから、今日は肉かなー。」
A「うそー、あたしもじゃあ肉―。」
B「肉いっとく?」
A「肉できまりっしょ!」
B「じゃあお店入ろう!」
A「ちょっと待って、ヤバイ…・これデジャ・ヴュなんだけど。」
B「うっそマジで、ヤバクナイ?」
A「ヤバイも何も……超デジャ・ヴュ!あたしマジすごいかも。」
B「すごいよ、!!!」

〜続く〜

これは、昼時のOLがレストランに入る前の一連の会話に「デジャ・ヴュ」という言葉が出てきた瞬間ですが、正直僕はこの言葉が大嫌いです。
何も生まれないのです。会話の流れさえも無視し、その言葉を発してしまう事で空気をも止めてしまうのです。
上の文章では「デジャ・ヴュ、」といわれたBはただすごいとしか答えられず、せっかくこれから楽しい食事に向けていろいろな空想を描いていたのに一気にそれは超感覚的な雲をもつかむ想像に変わってしまったのです。
「デジャ・ヴュ、」この言葉には恐怖さえ感じてしまいます。もしOL達が僕の想像をはるかに超えた脳の持ち主であったらその後の会話は以下のようなものになるでしょう。

A「ちょっと、あたし超能力かも、予知能力あるかも。」
B「ちょっと待ってあたしも、同じような事起きたことあるんだけどあたしも超能者?」
A「あたし達2人ともかなり熱いかも…やばい!?あたし地球が滅亡する夢見た事あるんだけど…。」
B「え!ヤバクナイ!世界が終わるって事?でもそれならあたし子鬼と戦ってる夢見た事あるどうしよう、あたし勝てないよ!」
A「あんた馬鹿ね、子鬼って超ファンタジーじゃんあるわけないよ!そんなことより地球が終わっちゃうよ〜どうする?」
B「どうするっていわれても〜、とりあえず何はともあれあたしお腹空いた〜。こんなんじゃあ地球も救えないし、子鬼にも勝てないよ〜。」
A「きょうなに食べる?」
B「えー、昨日は焼き秋刀魚に、シェフお勧めの山盛りブロ……・・〜」

いかがですか、この後みなさんが予想するように2人はつぎの日もその次の日も同じ会話をしてしまうはめになったのです。ただ一度あの言葉を使ってしまったために…・。
言いようによっては、彼女達の脳みそだったからともいえなくもないですが、しかしここには、明らかにあの言葉は存在し、それによって彼女達はこの無限のサイクルにはまってしまったといえるのではないでしょうか。
「デジャ・ビュ」それは、会話上ではあまりに振れ幅が広すぎる言葉、無の存在であり、無限の存在でもある。
そして言葉のもつ意味以上に、会話上でも、ある種の魔力を帯びる言語だともいえるのではないでしょうか。
だから僕は、このように面倒くさい言葉は大嫌いです。

〜終わり〜

★ 次回月論を書く機会には、「????ちょっとまって!地震!地震!…。」という小学生女子の発言に対して一言かいてみたいと思います。ではさようなら。

2006.2.28 新島 大悟