2006年1月 園田順三
新年をむかえてgynkoll.comもめでたくリニューアルしまして、ひとまず隅々まで見直してくれているあなた、いつも本当にありがとう、うっかり足を向けて寝てしまわないように住所を教えてほしいです。
今年はさらに良質なWEBサイトをめざして企画やアップを怠けない所存です、いっそうのご贔屓をよろしくお願いします。
はじめてこの[月論]に踏み入れた人、このコーナーはジンコル団員が交代で、評論、随想、経験談、ほら話、回顧録、冒険譚など…ようは自由作文を月イチというおだやかなペースにてひっそりとアップしていくというものです。
時には、カウンセリングが必要な若干名の頭ン中をのぞきこむような、
時には、年端のいった団員の焦燥にみちた愚痴や触れたくもないエゴを、
時には、映像や舞台ではなかなか見せられない深海の水圧のようなネタを、
みなさんのゴキゲンをうかがうのも忘れずに、そっとつむぎあげていこうと思っています。
今年はまだ初雪は見られていませんが‥‥[月論]はジンコルWEBの片隅に、そしてみなさんの心に降り積もっては、岩のように固くなるどどめ色の名残り雪でありたい。
新年一発目は今年もまた、ジンコルの理性こと園田順三がお送りします。
題をもうけるのならそう、「幻の団員、還る」としましょう。
ジンコル大陸には一般的に知られている団員の他に、もう一人だけ団員がいるのです。熱心なファンも、団員でさえトップ以外はほとんど知らないことですが、青年海外協力隊に派遣され、ずっと中南米でボランティア活動をおこなっていた「火野邦男(28)」が、満を持して帰国するかもしれないのです。
ついに謎のベールを脱ぐ火野、火野がいてはじめてジンコルは完全態になるといえるでしょう。
ジンコルが相川団長を船長とする、機関部や砲撃手や酔いどれ船医をかかえた海賊船だとするのなら、火野は航路をきめる航海士でした。
これまでの公演でもひそかに電話連絡や手紙の交換などで重要な選択の意見をもとめてきましたが、今年はジンコルの正念場です、実際に舵をとる気になったのでしょう。
火野はできる奴です。大学の学部では経済学を専攻していて、会社を立ちあげるノウハウにも長けています。
学生レベルのイベントでも根気づよく企業をまわり、誠心誠意で訴えて、資金を調達していく世慣れた男でした。
適材適所に必要な人材を集め、先々の方向性まで見すえていて、物事の将来性、未来の転がしかたをよくわきまえていました。
「社長ウマ乗り事件」「セレブ百人斬り」「新秋津ロックフェス」「米よこせ騒動」など‥‥火野のもつ多くの武勇伝はここでいちいち紹介していてはきりがないので割愛することにしますが。
事を筋道だてて考え、無計画なその場のノリには流されず、具体的なプランをしっかりともって、面舵と取り舵を繰りわけます。
自分たちの武器はなんなのか、逆に足りないものはなんなのか、それをしっかりとわきまえていたのは、おそらく母子家庭で育ち、みずからの力で人生を切り開いてきたからでしょう。
雨にも負けず、風にも負けず、現場では誰よりも動きまわり、面倒な雑務もそつなくこなし、ブログも毎日欠かさしたことはないらしく、 〆切りのたぐいは二〜三日前にはすでに終わらせていました。
こうして火野のことを列挙してみると、かなりの堅物に感じられるかもしれませんが、火野は誰よりハートのある男でした。繁忙に追われている時こそ笑みを絶やさず、理解に苦しむ意見にも根気づよく耳を傾け、飲みの席でも多くを話し、合コンなども山ほど取りつけてきました。
「夜回り先輩」「24時間コンパ」‥‥ここでその逸話に触れられないのが残念です。のこす最後の団員‥‥火野のちからがなければ、激動の荒波に襲われるだろうジンコルのゆくえには暗雲が立ちこめるでしょう。
航海士のいない船は、ひょとしたら暴風雨の大しけに呑まれて遭難してしまうかもしれません。
火野は帰ってくると言いましたが、何かのっぴきならない事情で帰ってこれなくなるかもしれない。
じゅうぶんありえることです、何せ責任感が強い男ですから火野は。
そんな場合、火野には及ばないにせよ、誰かが火野のかわりをやらなきゃいけない。
その誰かは僕であり、またほかの連中でもあるでしょう。